万年筆の魅力

新たにブログを始めました。

15年前まで「とあるブログ」に、万年筆について書いてましたが、閉鎖されることになり、それ以来の久しぶりの記事掲載です。

私は中学入学時に、親戚のおばさんに万年筆を貰って以来、半世紀以上万年筆を使い続けています。頂戴した万年筆の他、出版社の年間購読を申込んでもう1本(確か、旺文社は中一時代、学研は中一コース)この2本から始まりました。両親からもらった腕時計と、胸ポケットに差す万年筆で、何故か大人になった様な気分がして、自分なりに満足していました。

当時の万年筆は学生向けにはミニサイズ、ポケットサイズが流行で、3大メーカー(セーラー、プラチナ、パイロット)が、其々個性のある製品を競って販売していました。

中でも「プラチナ万年筆」は、日曜夜のゴールデンタイムに、テレビで歌謡番組のスポンサーをしており、メイン司会の「フォーリーブス」が「♬僕の日記、プラチナ・・

愛の手紙、プラチナ・・誰にも言えない言葉・・♬)の曲は今でも良く覚えています。

また「セーラー万年筆」は18金のペン先を強調し「エイティーンゴールド・セーラーミニ」と伝えた後、きらりと光るペン先の映像を流す宣伝も忘れられません。そして「パイロット万年筆」はこの時、衝撃的な世界初のノック式万年筆「キャップレス」を販売していました。同時期の大橋巨泉の「ハッパふみふみ・・」の宣伝の「エリートシリーズ」も忘れられません。

今思うと、私の万年筆の蒐集癖は、この頃から始まったのです。

パーカーヂュオフォールド・ニブコレクション

その後、学生時代が過ぎ、バブルの時代の後半に就職して、24時間戦えますか?

の時代を駆け抜け、北海道に移住して、やっと自分の時間が持てるようになりました。すると「小人時間を悪と成す。」の例えの様に、昔から少しづつ集めていた万年筆を手入れするだけでなく、また集め始める事になりました。調度この時代はワープロとボールペンが最盛期で、万年筆が使われなくなり、大型スーパーの進出で、文房具屋の閉店が多くなりつつ有り、閉店セールも多かったのです。

定価の半額や、投げ売りでゲットした逸品も多く、これに味を占め、古くから営業してして、間もなく閉店しそうなお店を探し歩く事になりました。

その時の心境を綴ったのが「ペンを求めて三千里」です。

少々恥ずかしさも有りますが、次回のブログで紹介します。

乞うご期待!