ペンを求めて三千里①

ペンを求めて三千里

 

ある日突然、変な考えに憑りつかれた。

古い万年筆に興味を持ってしまったのだ。

古いと言っても、アンティークの分野ではなく、

20~30年前なら、ごく当たり前に売っていた品だ。

ところが現在は廃番になっていて、製造してない。

市内の文具店にも置いてないし、

メーカーに問い合わせても見つからない。

となると、逆にどうしても欲しくなる。

 

だんだん探す範囲も広くなり、

田舎町まで、歩き回る羽目になってしまった。

片田舎の街で、古くから商売している文具屋さんなら、

少々埃を被ったままでも、

私が探しているペンが、

今でも眠っているかも知れない

いや、きっと私を待っているはずだ。

と思い込み、

知らない街を歩いてみたい

何処か遠くへ行きたい

の歌を、口ずさみつつ、

もうじっとしていられない。

週末になると、古いペンとの「出逢い」を求めて、

男は、ロマンの旅に出る。

 

しかしそんな私の前に、大きな問題が立ち上がった。

サラリーマン生活をしている私の休日は、

隔週の土曜日と日曜日のみで、

私が目指している地方の文具屋は、

休みで有ることが多いのだ。

 

必然的に、チャンスは土曜日しかない。

だから貴重な土曜日には、朝早く家を出る。

雨が降ろうが、嵐が来ようが、決意は固い。

何もそこまでやらなくても、

と思う人は多いだろうが、

実は経験した人にしか解らない

楽しみがあるのだ。

 

私は旅に出る時の準備として、

目的地の電話帳を調べ、

文具店の場所を地図にマーキングする。

なるべく効率的に、ローラー方式で攻めていくのだ。

しかし、その成果はというと、極めて低い。

万年筆を店頭に並べている店は、

マーキングした店の、半分位しかない。

しかも、昔の万年筆を置いてある店は、

その内の一割位の確立である。

従って、全体的には、5%の確率に賭けて、

歩き回ることになる。

無駄足にならない様に、

前もって電話で確認して行く時もあったが、

探している万年筆の感じが、良く伝わらない為、

結局、全部歩いて回る事にした。

やってみると、やはり現実は厳しい。

 

店主とのやり取りの典型的なケースは、

「すいませ~ん・・・

昔の万年筆を探しているんですが、

20~30年まえぐらいの物ありませんか?」

「万年筆ねえ~、昔はいっぱい有ったんだけど、

今は使う人が少ないから・・・」

「趣味であつめているんです。

もし何処かに残っていたら、見せてくれませんか?」

「一年前に整理して、古い奴は捨てちゃったよ。

もう少し前に、来てくれれば、良かっただけど。」

という会話が、ほとんどだ。

行く先々で、この会話の繰り返し、

途中で、空しくなることも多いが、

自分を元気づけて、旅は続く。

 

そしてついに、

飛び込んだ店先のショーケースに、

求めていた万年筆を発見。

その時は嬉しくて、

思わず「やった!」と叫びたくなる。

すぐさま、昔の定価で買い求め、

幸せな気分に浸っていると、

皮肉な事に、

「幸せと苦しみは、共にやって来る」

の言葉通り、

次に寄った店でも、

また別の逸品が見つかってしまうのだ。

 

既に所持金の大半を使ってしまった為、

その残りは少なく、

苦境に立った私は、

店の主人の心理を分析し、戦略を練った。

「最近、万年筆の需要は少なく、

年々売れ難くなっている。

もし売れるなら、半額でも売ってしまおう。

こんな変人でも現れない限り、

今後も絶対に売れない。

この機会を逃す手は無い。」

と考えているはずだ。

だから、私は歓迎されている。

これを買って、仲間に見せなければならない。

万年筆の神様がくれたチャンスだ。

私は万年筆文化を守り、その伝道師だ。

「求めよ!さらば、与えられん!」

と勝手な推測をして、切り出した。

「この万年筆、付いてる値段で、良いですか?

(小心者は、心で決めていても、口から出る言葉は

つい、消極的になってしまう。)

 

長年商売をしてきた、苦労人のご主人は、

「あんたは遠くから来たみたいだから、

二割り引きで、良いよ。」

と言ってくれたので、この言葉に勇気付けられ、

思い切って

「そうですか。こちらの一本もいいな~

二本かうので、半額でどうでしょう?」

と言うと、相手は少し沈黙して、考えてから、

「分かった。あんたは万年筆が

好きそうだから、それで持って行きな。」

と言ってくれた。

こんな幸福な結末を得られる事もある。

 

この戦法も、時と場合、

主人の性格にも、寄る処が大きい。

しかし、一概には言えないが、

古い万年筆を残しているお店は、

その主人も実は、万年筆好きなのだ。

そして、万年筆好き同士の気持ちは、

通じ合うものなのだ。

 

毎週こんな旅を続けている内に、

たまには、良いこともある。

偶然入った、看板が傾きかけた文具店、

店番はおばあちゃん一人。

ホコリに埋もれたショーケースの

片隅に、探し求めていた万年筆を発見。

値札も取れていて、いくらか分からない。

相手も値段を忘れていて、

「一本千円で良いよ。」

と言ってくれたので、

有難く何本か買わせて頂いた。

店を出た時、思わず手を合わせた。

このモンブランの二桁代が、完品なら、

相手の気が変わらぬ内に、

少しでも、遠くに、逃げたくなり、

自然と、足も速くなる。

かなり遠くへ来てから、ホッとして、

先程購入した万年筆を取り出して、

万年筆の神様に感謝してから、

ニッコリとして、品を確かめる。

これが有るから、止められない。

今週もまた行こう!今度は・・・

と、私の旅は続くのである。